最近読んだ本②


『欅』2008年 19cmx14cm 墨、木版画
『自分の壁』養老孟司新潮新書2014年)…あとがきに記してあるように、『バカの壁』や『死の壁』同様、口述による本です。著者自身認めていますが、プロの編集者がまとめた本は、独りで原稿を煮詰めていったものよりも、ゆったりした間のお蔭で易しく、すぐに読み終わってしまいます。とは言え、内容は深く、成る程というポイントに満ちています。
 私自身、若い頃は「俺が!俺が!」という気持ちが強く(でなければ恐らく美術をやろうなどとは考えなかったでしょうが)、社会人としてもかなり自意識過剰だったと思います。大してクリエイティブな仕事もしていないくせに、世の中を舐めきっていて、根拠のない優越感に溢れていました。少し大人になって、いちいちお喋りをせずに手を動かすことができるようになると、人はだんだん「自分」にこだわらなくなります。何故そうなるのか?きちんと整理して考えたことはありませんでしたが、この本ではその辺のことがうまく説明されていて面白かったです。
『資本主義の終焉と歴史の危機』水野和夫集英社新書2014年)…「中心」が「周辺」から巻き上げることによってしか成り立たない、グローバル資本主義のメカニズムとその限界について、キレのある文体で分かり易く書かれています。ポスト資本主義の具体的な形はわからないとしながらも、新しいシステムに一番近づいているのは、最も早くバブル崩壊を経験し、超低金利時代に突入した日本かもしれない、という論にはかなり説得力があります。大局的に見れば、アベノミクスなんて歴史から目を逸らした政治家のその場しのぎに過ぎないことは明白です。『呪いの時代』にも書かれていますが、値段が安いほど競争力の高い商品である、という市場原理優先の時代はもう終わったと思います。自国の第一次産業や本物の職人技の価値に金を払う、賢い消費者が増えてきた実感はあります。但し、階層化の波が消費活動にまで及んでいなければ、の話ですが。
『呪いの時代』内田樹新潮文庫2014年)…「呪」と「祝」は同源の文字だそうですが、行為としては正反対です。ネット上やメディアを賑わす、無責任な全否定形の言説が「呪い」のように世の中を蝕む現代、「祝福」によってそれを鎮めることの重要性を著者は説きます。「祝福」とは「国誉め」であり、『美しい国へ』などという浅薄な主張とは無関係の、目前の自然を畏れ敬う表現のことです。それは風景をひとつひとつ写生的に列挙していくことであり、言葉や絵具をいくら尽くしたところで捉えきれない、謂わば不完全な讃という形をとります。自然の花ひとつ完全には記述できない己を知りながら、それでも写生し続けていくことでしか生を感じられないのが人間ならば、私の水彩スケッチや彫像制作もあながち外れてはいないのかもしれません。でき不出来や作品の価値はともかく、毒性の強い自我を放っておいて他所に迷惑をかけるよりは余程マシでしょう。