飛騨国分寺の大銀杏

2026年 25cm×33cm 紙、鉛筆、水彩

 初めての高山で、風格のある三重塔に釣られて、何の気なしに立ち寄ったのが国分寺でした。境内に入ってみて驚いたのは、古い本堂と鍾門に挟まれた、途轍もない銀杏の巨樹です。絵の通り(入り切りませんが高さも相当あって)重文の立派な本堂が祠に見える程でした。ぼうっと眺めているとこちらのスケール感までおかしくなってきます。

 樹齢1200年だとすれば平安時代生まれということになりますが、まだまだ元気で、青々とした葉を繁らせています。近づいてみると、幹の窪みにはお地蔵さんが祀られていました。

 さて、この絵から一月とちょっと、そろそろ銀杏の葉は黄色くなりかけているかもしれません。アートディスカバリーもいよいよ終盤です。私はずっと現地にいられる訳ではないので、ちゃんとお客さんが入っているのかな?期待通りの芸術祭になっているのかな?と気になりながらも、毎日の仕事に忙殺されています。デジタル音痴で、ネット情報やSNSに疎い私には、遠い下呂で行われている芸術祭の評判も雑音も伝わって来ません。まあ、心の平穏のためには、その方が良さそうですけど。

 芸術祭に参加しているという実感もあまりないまま、先週末、友人たちと久しぶりの下呂詣でに出掛けてきました。ご覧の様に会場周辺の木々の色も変わり、季節が進んでいました。何人か芸術祭担当の人に会いましたが、観覧者数は順調に伸びている様でひとまず安心しました。そして、この時期ならでは、もう一つ確実に増えているのが侵入してくるカメムシです。今回は友人たちの案内がメインだったので、在場時間は限られていましたが、それでも2〜30匹は捕獲しました。天候の影響なのか、今年は異常発生しているそうで、屋内会場の悩みのタネです。会期最後(11月6〜8日)はなるべく会場に詰めて、(ガムテープで)カメムシ退治に精を出すと共に、もちろん観覧の方々とのコミュニケーションも楽しむつもりです。

 

金山巨石群(岩屋岩蔭遺跡)

2026年 25cm×33cm 紙、鉛筆、水彩

 一週間の下呂滞在中、展示会場以外にもあちこち足を伸ばしました。高山、付知峡、旧中山道の石畳、そして秋分の日には何か起こることを期待して、金山巨石群にも行ってみました。最近の大雨による土砂崩れで国道の金山から入っていくルートは閉ざされていましたが、下呂から山を越えて馬瀬川沿いに下って行けば、辿り着けそうでした。その先が通行止めになっているのがわかっていて、そこを通る酔狂な車は他になく(ダム管理の人の車だけが停まっていました)、植物が茂り放題にはみ出している道路を、インディ・ジョーンズになった気持ちでドライブしていきました。

 隣の会場で作品展示していたトザキケイコさんが、説明の中で金山巨石群のことに触れていました。それに焚き付けられて私も来てみましたが、確かに何とも不思議な遺跡なのでした。絵に描いたのは入口から真っ直ぐ石段を登って突き当たる拝殿の様な三つの大岩です。それぞれが分厚い苔を纏っているので、特に右側の岩など、その形と相まって、茅葺屋根の様に見えます。でも、全て立派な巨石です。部分的に人の手で加工されたとも思える大岩が、中に空間を持つ謎の神殿(?)を形づくっています。春分、秋分はここに太陽光が差し込むという様なことが書いてありましたが、木の柵が邪魔でよく分かりませんでした。或いは時間が違っていたのかもしれません。残念ながら、私の前に古代の宝物庫の入口が現れるということもありませんでした。

 さて、遺跡と言えば、金山巨石群から更に年代を遡る、架空の発掘現場がありました。下呂温泉街から程近い観光施設「合掌村」に台湾のアーティスト、トゥ・ウェイチェンさんの大作が設置されています。現場(としか言いようがないのですが)はまさに発掘中の遺跡そのもので、太古の異形の生き物の化石が今、土の中から姿を現したところです。展示キャプションなども念が入っています。アートディスカバリー公開前に、このQRコードから架空ニュースを観た人が、事実と勘違いして大騒動になったなんて話も聞こえてきました。とにかくこれも、パンフレットの写真とはスケール感が違う大迫力の展示で、やはり「現場」で体感すべき作品だと思います。

下呂温泉

2026年 25cm×33cm 紙、鉛筆、水彩

 下呂の温泉街は飛騨川の両岸に長く続いています。今回、家族と泊まった宿は、下呂駅からは橋を渡った反対側の坂の上でした。いつも通り早く目覚めて、ぶらぶら橋の方に向かうと、対岸の河原に犬を連れた人の姿があります。私も降りられる階段を見つけて、そこに行ってみました。昼間は賑わっていた川沿いの足湯をおじさんがホースで洗っています。丸い大きな石だらけの河原がずっと続く中、小さな埠頭みたいなのが川に突き出ています。その先っちょに腰掛けて、こちらに向かって流れてくる、飛騨川を描いたのがこの絵です。少し先に単線の鉄橋があって、時々高山本線の短い列車がゴトンゴトンと通っていくのが長閑でした。

 同じ川沿いに弓指寛治さんの作品がありました。ひっそりした入口から中に足を踏み入れると、最初は「なんじゃこりゃ」と思います。でも一つひとつの絵と文字を追っていくと、驚くべき展開が待っていました。弓指さんとは顔見知りでしたが、こういう作品は予想外でした。美術か?と言われれば、文学に近いかもしれません。でも間違いなくアートです。実在の人物たちを活写する素晴らしいドキュメントとなっていました。とても絵本にして済ます様な内容ではありません。やはりあの場所で、あの巡り方で体験することが大切なのだと感じました。ある程度、時間に余裕を持って、なるべく人の少ないタイミングで観ることをお薦めします。

 

高山の古い街並み

2026年 33cmx25cm 紙、鉛筆、水彩

 今回の下呂滞在中には、途中三日間家族が来たので、一日だけ高山にも泊まってみました。私は初めて訪れましたが、観光客(特にインバウンド)が多くて驚きました。昼間は人だらけで、悠長にスケッチなんてとても無理なので、朝早く起きて道の端から描きました。そろそろ宿に戻ろうかなと思う頃、ランニングウェア姿のヨーロッパ人(?)の男が「写真をお願いしても良いか?」という様なことを英語で訊いてきたので、「もちろん」と答えました。てっきり私の絵の写真を撮りたいのかと思ったら、スマホを私に渡して仁王立ちポーズをとっています。仕方ないので、この絵の真ん中に大きくグリコのマークみたいなナルシストが収まったスナップを撮ってやりました。

 私の展示会場である南飛騨健康増進センターは、高山駅からも車で40分ぐらいですから、充分通えます。この日はせっかく家族も一緒だったので、まず湯屋小学校の会場に案内することにしました。「みんなの学校」2階には沼田侑香さんの斬新な彫刻作品がありました。天井から床まで張られた沢山のテグスに、カラーのビーズで立体が描かれています。廃校になり、生徒がいなくなってしまった教室で、蜃気楼みたいな子供たちが遊んでいます。永遠に続く休み時間を、笑い声や雰囲気まで残しながら、これだけ的確に表していることに感心しました。この作者は只者じゃありません。60年以上「学校」で過ごした私が言うのだから間違いないでしょう。

 同じ具象立体表現と言っても、可能性の幅は無限です。とかく伝統的な彫刻や絵画と言えば、量感、質感、実在感なんてことが大切と考えられてきましたが、沼田さんの作品はそんな常識を軽々跳び越えてみせます。しかも、デジタルテクノロジーによる表現ではなく、息の詰まる様な手作業というのが素晴らしい。何はともあれ、今回の芸術祭の廃校を舞台にした展示で、最も私の印象に残った作品でした。

飛騨川

2026年 33cmx25cm 紙、鉛筆、水彩

 関東に台風が接近するという日の朝、下呂市も風が強く、飛騨川の川面は荒く波立っていました。雲は形を変えながらどんどん流れていきます。絵を描き終わって橋を渡る時には、身体が飛ばされそうな勢いだったので、展示会場外のマルシェのテントが心配になる程でした。実は、この日は馬瀬から天然鮎の店が出ることになっていて、私はSW前からずっとそれを狙っていたのでした。果たして健康増進センターに着いてみると、嘘の様に風は止み、昼食には念願の塩焼きを堪能することができました。めでたし、めでたし。

 さて、前回の続きになりますが、「ここに在る森」の中で、実は巨大ピカソは囮(おとり)なのかもしれません。服も虜囚そのものですし。大きくて目立つので、観覧者がそちらに気を取られているうちに、いつの間にか背後の像たちの視線に捉えられてしまう。まあ、言ってみれば、飛騨川友釣り作戦ですね。