変わらないもの ③

 形の崩れや歪みに対する許容範囲、デフォルメの感覚も変わらないもののひとつでしょう。写実とはものの形を正確に描写することにとどまらず、リアルと感じられる視点を提案することだと言えます。そのためなら、嘘も方便で、時には常識的なパースペクティブから離れるという選択肢だってあり得ます。あまり美術に関心がない人にとって、写真のような絵というのは褒め言葉なのかもしれませんが、絵を描く人にとっては、むしろ、いかにして写真との差別化を図るかが大きな課題です。
 もちろん、具象作品のデッサンがしっかりしていることは大切です。が、かと言って、写真をなぞる様な描き方はせっかくのスケッチの魅力を半減させてしまいます。私も彫刻を造る時は写真を使いますし、現地での制作が不可能な大画面の絵を描く時にも利用することはあります。ただ、やはりカメラの単眼で捉えた絵は、現実に二つの目玉を動かしながら見る景色とは違います。例えば、その場でスケッチした寺の絵に比べると、写真では屋根は平べったく、建物の左右は実際より少し小さくなります。レンズの中心から離れる程、被写体が縮んで写るためです。望遠レンズを使えばそれは防げますが、そうすると今度は臨場感のない記録画みたいになってしまいます。人の目は絶えず動きながら、常にレンズの中心で形を捉えるようプログラミングされていますから、カメラとは違い、見るものの上下左右は歪みません。その場で仰ぎ見るような屋根の勾配の感じと、それを支える柱の並びを同時に再現しようと思えば、写真は無視してかかるしかないようです。
 面白いデフォルメとはただ無闇に誇張することではありません。現場で自然に見たままを描いたつもりが透視図法からはみ出てしまい…でも、この方がリアルだから残そうという判断、或いは発見のことです。作品を設計図通りの製品で終わらせないためには、自分の目論見と違う偶然を取り込んで生かすことが大切です。そうなると、形というものはつくると言うよりは、見つけるものと言った方がいいようです。以前、「見立て」http://d.hatena.ne.jp/murakami_tsutomu/20121216について書いたように、発見した形を生かすことはすべてのアートディレクションの基本かもしれません。遊び心にも通じる、その感覚は教わることではありませんが、身に着けば一生モノのパートナーになると思います。