学校 ③

 今の若手教員の受難は、教育委員会にも大いに責任があります。現場で仕事をしながら、自分のモデルや目標を見つけることが、成長過程では一番大切なことのはずですが、そんな余裕は彼らに与えられず、代わりにどうでもいい課題ばかり詰め込まれています。だいたい教育委員会は無難な即戦力を求め過ぎる傾向があります。初任研、2年次、3年次、10年次研修と、事務的に効率よく仕事をこなすことばかりを要求していては、本当に魅力的な教員は育ちません。

ジョージア・オキーフ2011-02-22 - 村上力(むらかみ つとむ)ブログ美術館
 区市町村教育委員会ばかりでなく、都教委の人事に関するきまりも問題だと思います。一校(一地区)6年必異動では、区・市教委もみすみす他地区に攫われる教員を大事に育てようという気にならないでしょう。概して、「いい教員は地域の財産となり得る」という事実に、皆が無頓着すぎるのです。人の気持ちを掴める教員が担当すれば、学級や教科の授業が変わります。二人いれば学年も変わります。各学年に揃えば、学校そのものが変わります。公立学校は、ほとんどの家庭にとって最も身近な公共機関です。地域の学校が明るくなることが、どれ程、周辺住民に影響を及ぼすのか、逆にその学校が荒れ果てていることを想像すればわかるでしょう。
 教育委員会が余計なお節介で若い教員の時間を縛ることはやめた方がいいと思います。現場感覚をなくしかけた指導主事風情が張切るとろくなことがありません。教育委員会市場経済主義やメディアの批判から学校を守ることに専念し、あとは若い教員を勇気づけることを仕事と心得るべきでしょう。学校はもちろん教員養成機関ではありませんが、教育という同じ目標に向かう現場です。宮大工の小川三夫さんが主宰した鵤工舎(いかるがこうしゃ)のように、現場で先を歩く人の背中を見ながら自分を磨いていける場所が理想です。若者が自分にとって有益な人を見分けることは大事です。同じ職場で働く中で、口だけで行動を伴わない人間や、一見ぶっきら棒でも行動で示せる人間を知り、自身を修正していくことこそ学びです。いい学校とは、生徒の問題が少ない学校ではなく、いい先生がたくさん巣立つ学校だと思います。