立体と平面、具象と抽象について ③

 昔から日本人のものの見方や器用さは、案外、彫刻向きだったかも知れません。仏像伝来から200年足らず、天平時代には既に日本の造仏技術は完成の域に達しています。その後、様式が画一化した時期もあったものの、平安時代晩期には慶派が現れ、活況を取り戻します。運慶が次々に傑作を彫り上げた時期は、ミケランジェロが活躍する時代より、300年も前だったというのは驚きです。

 日本の絵画が遠近法を取り入れた奥行きの表現を始めるのは、北斎あたりからなのでしょうが、だからと言って、それまでの日本人の空間把握能力が乏しいということではないと思います。むしろ逆で、絵巻物の吹抜き屋台表現などを見て感じるのは、絵師達が始めから透視図法的な空間表現を目指していないことです。日本人にとって本来、造形とは立体を造ることだったのではないでしょうか。そして大仏や巨大古墳、高い塔など、立体づくりを得意とした日本人だからこそ、敢えて頭の中で3次元に翻訳し易い、建築図面のような絵画表現を好んだのではないか、と思えるのです。