井戸茶碗をつくる


 枇杷色に焼き上がる鉄分を含んだ土は、亀裂が入り易く、かなり成形に気を遣います。轆轤の上で土取りをして、親指を差し込んだ途端にヒビが入り始めるので、他の指でならしながら少しずつ広げ、持ち上げていきます。かと言って、常に遠心力が加わった状態で時間をかけ過ぎると形が崩れてしまいますから、左手の指先に神経を集中して手際よくやらなければなりません。今回は、もう一つ分しか土が残っていないという重圧の中で、割合すんなりと形ができ上がりました。
 ただ、轆轤引き後も安心はできません。この前に作ったものは、糸切りして台の上に置いてしばらくすると、4つに割れて崩れ落ちていました。冬場の乾燥は土にも大敵で、油断するとせっかくの苦労がすぐ水の泡になってしまいます。同じ轍を踏まないように、この茶碗はビニールで覆ってゆっくり乾かして高台を削りました。

 成形直後から一日で口径は約2センチ、高さも1センチほど縮みます。今回、高台を最後に残して上から乾いていく土の器を眺めていて、ちょっとした仮説を思いつきました。井戸茶碗の見所であるカイラギ(梅花皮)は、削られて荒れた土肌に現れるはずですが、これまで何度やってもそれらしくなりませんでした。「もしかしたら、李朝の陶工は高台が乾燥しきらないうちに施釉していたのではないか?」前回、生乾きのまま焼いて悲惨なことになった志野茶碗の失敗もひとつのヒントでした。思いついたら即実行、という訳で、まだ少し高台の色が濃いうちに釉薬を生掛けし、本焼きしてみました。結果は…ややカイラギらしきものになったかもしれません。茶碗の全体像は次回に掲載します。