朝倉彫塑館


 先週末、上野まで知り合いの公募展を観に行ったついでに、谷中の朝倉彫塑館を訪ねました。彫刻家朝倉文夫と言えば、2012年秋に私が彫刻作品「ロダン」を出品した、大分アジア彫刻展が開催されたのが大分県豊後大野市朝倉文夫記念文化ホールでした。「墓守」や「猫」などの有名な作品はこれまでに何度か見たことがありましたが、彫塑館の中に入ったのは、ずっと改修工事中だったこともあり、今回が初めてでした。

ロダンhttp://d.hatena.ne.jp/murakami_tsutomu/20121001
 朝倉文夫が自分で設計したアトリエ付住宅だった建物なので、靴を脱いで中に入ります。大きな明かり取り窓がある高い天井のアトリエはそのまま展示室になっていて、「墓守」や巨大な「大隈重信像」が立っています。「スター」という名前のハウンド犬の彫刻が素晴らしくリアルで、振り向いて目に入った瞬間、本物かと思いました。朝倉文夫は彫刻を造る時の姿勢にこだわり、足の親指に力が入る様、靴ではなく裸足か草履で作業することを教え子にも求めたそうです。粘土を使う彫塑のアトリエならば、ふつう床は重さや水気に強い素材にすると思いますが、そんな訳で敢えて木の床板を張っているのでしょう。
 アトリエの隣には三方の壁が天井まで本棚になった書斎があり、さらに応接室を経て、池のある中庭の周りを畳敷きの住居部分が廻っています。増改築を繰り返しながら、鉄筋コンクリート造りのアトリエ部分と木造の住居部分が機能的に調和した、朝倉文夫こだわりの住宅が生まれました。昭和初期の建物であるにもかかわらず、天井高8mはあろうかというアトリエの上には広い和室と、さらには日本で先駆けと言われる屋上庭園があります。
 朝倉文夫は、作品制作においても、後進の育成においても、日本人離れしたスケールで生きた巨人です。「私ほどたくさん肖像をつくった彫刻家は世界中どこにもいない。」当時、必ずしも美術の本道と見做されていなかった肖像彫刻にも彼は積極的に取り組みました。すべての朝倉作品に共通するそのリアリティは、400点もの肖像制作で鍛えられた、骨太の日本刀のような味わいです。自作で得た収入は、還元とばかりに気前よく、制作や弟子の教育のために注ぎ込まれ、更なる制作展示スペースとして広がっていきました。最初のアトリエ建築から28年、9度に亘る増改築で今の建物の形はできあがりました。剛腕朝倉文夫の普請道楽の結晶とも言える「朝倉彫塑館」、一見の価値ありです。