生活指導 ①

 私はずっと公立中学校で生活指導を担当しています。美術だけ教えて、残りの時間は自分の作品制作に使えれば理想的なのですが、年頃の生徒達が大勢集まる中学校でそうもいきません。ただ、どうせ誰かがやらなきゃいけない仕事なら、モチベーションを高めて自分でやってしまった方が気は楽です。実際やってみると、中学校の生活指導というのもこれでなかなか手応えがある仕事ではあります。
 さて、職員室の机の中を整理していたら、5年くらい前にPTAの校外生活委員会に頼まれて書いた原稿が出てきました。「生活指導」というお題で好き勝手なことを言っていますが、ちょっと長いので半分ずつ掲載してみようと思います。

          生活指導と男のロマン     村上 力

 流行の小説というものを読まなくなって久しいが、今でも時々、本棚から引っ張り出して読み返すのが『鬼平犯科帳』である。中村吉右衛門主演のテレビシリーズも傑作で、我が家ではこれを観るためだけにケーブルテレビを導入した、と言っても過言ではない。時は江戸末期。徳川幕府は頻発する凶悪犯罪に対抗し、独自の機動性を持った特別警察・火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)を設けた。その長官こそ長谷川平蔵、人呼んで「鬼の平蔵」である。こんなナレーションから物語は始まる。
 長谷川平蔵は実在した人物で、凶悪犯や大盗賊を数々捕らえた他にも、人足寄場(にんそくよせば)という、今で言う職業訓練所のようなものを設置したことでも知られている。当時の江戸は天明の大飢饉以来、打ち壊しや放火による火事場泥棒が後を絶たなかった。平蔵は率先して市中見回りをしながら、自らの嗅覚と行動力で犯罪に対処し、またその予防として軽犯罪者や無宿人の更正教育施設を作ったのである。言ってみれば、少々荒れた江戸で生活指導と進路指導を合わせて受け持っていたようなものである。
 さて、しかし実際の長谷川平蔵については、伝記があるわけでもなく、その生年さえ定かではない。『鬼平犯科帳』の魅力は何と言っても、作者・池波正太郎の創出した主人公の人間性に尽きるのである。凶悪犯相手の修羅場をくぐり抜ける必要上、めっぽう腕が立つのは当然のこととして、小説の平蔵には組織を率いるためのあらゆる人格的条件が見出せる。現代、学校で生徒指導する教員にも、職場でプロジェクトを牽引するビジネスマンにも通じる、普遍的なリーダーの資質と言うべきものが備わっているのである。 −つづく−