2013年 33cmx41cm 紙、水彩
 作ると面白いのですが、使わない時にはかさばるので、壺というものはだいたい部屋の隅に寄せて置かれる運命です。決して描くために配置されたのではなく、最初からひっそりとそこにいた 彼らの気配のようなものが絵で伝わるといいのですが…。
 人間は、自分が作ったものであっても、その隅々まで知っている訳ではありません。作られたものは、子供のように親の手を離れ、やがて独立した人格(?)を持つようになります。普段、当たり前に見ているつもりでも、実はそれについて全然わかっていないことばかりです。自分で作った壺にしてそうですから、凡そ人間の知覚や思い込みなんて当てになりません。
 ものの存在を認識するには見つめることが大切ですが、そのためには私の場合、どうしても描くという行為が必要になってきます。やはり、人は肉体を持った生物ですから、能動的に働きかけないことには 相手との間合いを測ることが難しいのかもしれません。描いてみて、彼らは皆、なかなか性格のいい壺であることが改めてわかりました。少しほっとしました。