自画像

2026年 36cm×26cm 一版多色刷木版画

 1学期に中学3年生の授業で描いた自画像を、一版多色刷木版画にしてみました。こちらは1年生の課題です。キャンバスボードにアクリル絵具で描いた原画を直接トレースして板を彫り、ポスターカラーを使って黒い画用紙に刷りました。毎日洗面所で鏡に向かっていても、ろくに見ていない自分の顔を、年に一度か二度こうして観察すると、嫌でも年齢を自覚することになります。歳をとって皮膚は弛み、あちこち変色も目立ってきました。基本的な設計は変わりませんが、順調にポンコツへの道を進んでいます。まあ、別に大々的に姿を晒すつもりはないので、気にする必要もありませんが。

 若い頃から、紫外線や空気の汚れなどには無頓着に過ごしてきました。夏も冬も、海でも雪山でも、日焼け止めなんて塗ったことがありません。「男だって日傘を持つ時代に、そんなこと自慢して、バカじゃないの?」と言われそうですが、でも、自分の身体とか、ましてや美容なんてことに興味ないのだから仕方がない。髪が薄くなった?じゃあ剃ってしまえ!ってなもんです。

 考えてみると、自身のことだけに限らず、あらゆることに興味を失いかけているかもしれません。先日、久しぶりに釣師のIさんと珈琲屋で会いました。お互い昔の思い出だけでずっと話し続けられるのが愉快でした。Iさんの「最近は魚を釣っても全て海に戻してしまう」から始まり、「30年前の夏は毎晩、皆の漁の獲物を捌いて、刺身とバーベキューだったね。」「いやー、石鯛は小さくても素晴らしく美味かった。」「あの磯臭さが良いんだよね。」「筋肉の弾力が違う。」としばらく続き、「でも、もうBBQも一生分やったから、今更キャンプやグランピングなんて行く気にもならないね。」という結論。何でも同じで、「スキーも温泉も充分楽しんだ。でも、もうお腹いっぱいだからいいかな。」って具合です。

 いよいよ最近は、行きたい所も欲しいものもなくなってしまいました。作品をつくることと歯応えのある本を読むこと以外はどうでも良い感じです。ただ、そこに一つ付け加えるとすれば、こうして気のおけない仲間と他愛ない昔話をすることでしょうか。上等な酒や美味い料理、良い温泉もせいぜいがその触媒です。美食とか旅行とか、消費自体を目的に生きるなんて、私にはちょっと考えられません。まあ、人それぞれでしょうけど。

 その点、「温泉と飛騨牛」だけでなく、アートというコミュニケーション・ツールを装填することで、下呂は「消費」としての「観光」のあり方自体を変えるかもしれません。いや、自画像から話が大きくなり過ぎました。下呂Art Discovery2026開幕まであと2週間です。