空海

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2020年 36cmx26cm 一版多色刷木版画

 無節操な政治家の「三密」に刺激された訳じゃありませんが、先月から今月にかけて、空海に関する本を何冊か読みました。その中では、司馬遼太郎の「空海の風景」が、私にとって一番面白く、小説と批評が混じった独特の文体に、共感と説得力を感じました。

 空海は、その事績や逸話から充分想像できる通り、非常に人間的魅力に溢れた人でもありました。二十歳前後でエリート官吏養成の大学を飛び出し、独自の密教的理想を持って山に篭りますが、なかなか修行は捗りません。厳しい環境を求め、山伏のように転々とするうち、生国の四国に渡り、高知の室戸岬に至って、遂に衝撃的な解脱体験をします。太平洋を臨む岬の洞窟で真言を唱えていた空海の口の中に、天から降ってきた巨大な明星が飛び込んできたのだそうです。

 悟りを開いた空海の目の前にあったのは、多分こんな景色だったんじゃないかと想像して作ったのが、この版画です。元絵は昨夏、大荒れの天気の中、銚子の犬吠埼で描いた水彩画ですが、敢えて反転せず、左右逆のまま版画にしてみました。木版画とは言え、実は彫ってあるのは水平線の一筋だけです。

 洞窟からの視界を満たした空と海から「空海」という僧名は生まれたのだそうです。絵としては水平線のみ、上下の二面が世界の全てを表しているというのは、素晴らしく明快、シンプルなビジョンとしか言いようがありません。