「村上一品洞」について②

 国技館や甲子園を無観客にし、東京ではほとんどの公共施設を閉鎖している現状ですが、岡本太郎美術館は今日も元気に(細心の注意を払いながら)開館しています。大勢が一ヶ所に集まる様な関連イベントは中止しているものの(3月20日に予定されていた私のギャラリートークもなくなりました)、出品作家としては、頑張って会場を開けてくれるだけで、ありがたい限りです。写真の右半分に写っているカラフルな幕は「そんたくズ」の演芸場です。残念ながら、コント・ライブは3月末まで中止になってしまいましたが、TARO賞展さえ打ち切りにならなければ、その後また復活できるかもしれません。何とか展覧会そのものが、会期いっぱい無事に開催されることを祈っています。

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 さて、今回の展示では、やりたいことが大体できたので心残りはなく、それなりに手応えもありました。とは言え、審査の列に雁首を揃えて結果を待つ時間というのは、やはり気分良くはありません。芸能人が色んなことをやって専門家に評価してもらう番組がありますが、あれは嫌いです。俎板の上にいる人達の顔は、餌を待たされて服従を教え込まれる犬みたいで、見ていられません。自分は決してああいう行列にだけは並ぶまいといつも思います。ただ残念ながら、人間は(私も)何か良いことが起こるんじゃないかと期待してしまう動物でもあります。結局、作品発表の場としてのコンクールがもたらす副作用から逃れるためには、終えた仕事を次々トイレに流す様に忘れていくしかないのです。こうしていつも展覧会が始まる前には、少し後ろ髪(ないけど)を引かれながらも、自分の作品と訣別を強いられることになるのです。

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 さて、もう水に流してしまったウン◯...いえ過去の作品ではありますが、これから観ていただく人がいらっしゃることですし、ギャラリートークも中止になってしまったので、ここで二回に分けて、今回の私の展示について説明しておこうと思います。

 まず、正面の壁画(タペストリー)は彫刻の背景としての抽象模様(TARO賞展の審査員でもある山下裕二さんが、赤瀬川原平さんとの共著「日本美術応援団」の中で、九州のチブサン古墳の壁面を評して死体が主役のインスタレーション』という名言を残されています。具象彫刻の背景の抽象模様というアイデアには、この言葉が素晴らしいヒントになりました。)であると同時に、私なりの五輪旗でもあります。

 五輪がオリンピックを意味するよりずっと前から、日本(仏教世界)には「五輪」という概念がありました。五輪塔は慶派の旗印になり、宮本武蔵は「五輪書」で戦いの奥義を著しています。東慶寺にある小林秀雄の墓石は鎌倉時代の五輪塔です。私には、オリンピックなんてどうでも良いのですが、宇宙観を表す(下から)「地、水、火、風、空」の五輪は、ずっと日本人の創造の源、表現の中心主題であったと思えるのです。そういう意味では、日本の自然材料(土、水、草木、空気、火)と風土特有の思想(空間観、時間観)による私の制作を表すインデックスとも言えるかもしれません。

 今回、政府の突然の思いつきで、学校だけでなく、各地の文化施設やイベントが次々閉鎖・中止に追い込まれています。百歩譲って、新型ウィルスの蔓延を食い止めるためにこの措置が有効であることは認めましょう。ただ、首相がこのタイミングで踏み切った背景に、夏のオリンピック開催が見え隠れしているのが、ちょっと納得いかないところです。隣のブースでコントをやっていた「そんたくズ」は、しばらくライブができなくなった憤りを「あらゆる文化的活動を潰してオリンピックかよ!」と悲痛な手紙に綴っています。全く同意見です。という訳で、今は私も、敢えてオリンピックでない五輪旗を掲げておきたいと思います。

 中央を縦に貫く五輪塔の周囲には、五輪のディテールやそれらを組み合わせた抽象画を散りばめてみました。途中で気づいて今の並びにしたのですが、全体が大きな顔の戯画となっているのは、「グラスの底に顔があってもいいじゃないか。」と言った岡本太郎へのオマージュでもあります。

 彫刻は8体展示しました。この中で一番新しい作品は、中央にある「重源上人坐像」です。東大寺で、毎年7月と12月のたった2日間しか開扉されない、俊乗堂の秘仏です。何年か前に金沢文庫に巡回してきた実物を観てから、いつか造ってやろうと思っていましたが、ようやく昨年になって実現しました。この写真に写っている6体以外に、修学旅行の事前学習用につくった阿修羅像や等身大の岡本太郎像なども飾ってみました。

 まあ、でも所詮みんな過去の作品ではありますね。今回のTARO賞展の展示は、何かを作り上げるというよりは、自分の作品ストックの中から適当なものを選び、アレンジし直してベストアルバムを出す作業に近かったかもしれません。セルフプロデュースというのも、それはそれで面白い経験でしたが、こうして発表してしまえば一先ずお終いです。その価値は、もう私でなく、観る人の判断に委ねられでしまいました。

 という訳で、ものをつくる側の意識はもうここにはなく、私の気持ちは現在制作中の彫刻や構想中の絵の方に向いています。営業活動が大切なことはわかっていても、ずっと自分の過去の作品解説だけして過ごすわけにはいきません。店番も最初は面白いのですが、直に飽きてしまい、またその辺の材料をいじくり回して何かこしらえることになります。残念ながら私はオスなので、せめて美術作家として、「金のウン◯をするガチョウ」くらいにはなりたいものです

 ところで、やっぱりコメントの返信がどうしてもできません。ってことは、他の人も投稿できないのかな?と思ったら、そうでもないみたいですね。どうも私が何かやらかしているらしく、困ったもんです。左右の壁面の作品については次回紹介します。